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第6話 出会い(3)

作者: 酔夫人
last update publish date: 2026-05-22 11:00:11

至近距離にラーシュの顔があった。

長い睫毛。 白い肌。 冷たい美貌なのに藍色の瞳だけが熱を帯びている。気づけば見上げる形になったラーシュの顔を見ていた。

視線がラーシュのものと絡まった途端、サラリアの背筋を痺れるような甘さが駆け上がった。腰の奥がじわりと熱を持ち、身体の芯が溶けていくようだった。

「な、なに……?」

自分の身体なのに、自分のものではないみたいだった。

力が抜ける。

息が苦しい。

頬が熱い。

怖いのに、逃げたいのに、ラーシュから目を逸らせない。

ラーシュの指が頬へ触れた。

驚くほど優しい手で、壊れ物に触れるみたいにそっと撫でられた。

けれど、その目は違った。獲物を捕らえた肉食獣そのもの。圧倒的な執着と欲が滲んでいた。

「驚くことはない。俺の発情に反応しているだけだ」

低い声が耳を撫でる。

「恥ずかしがる必要はない。その感覚に素直に、俺に身をゆだねろ――愛しているよ、俺のつがい

「つが……い……」

聞き慣れない言葉を繰り返した瞬間、ラーシュの顔がさらに近づいた。鼻先が触れ合う距離。花のような香りが濃くなって体がひときわ熱くなる。

サラリアは混乱していた。

この状況とか、番とか。

(考えなければいけないことがある筈なのに……)

ラーシュの声は甘く、優しく、逃げ道が奪われていく。

こんなふうに欲しいと求められたのは生まれて初めてのことだった。

金色姫として崇められることはあっても一人の女として見られたことなどなく、サラリアは抗い方も分からず、抗いたいという気持ちさえも持てなかった。

藍色の瞳に映る自分から目が離せない。

ラーシュの指先が触れるたび身体が熱を持つ。

胸が苦しいほど高鳴っている。

満たされていく感覚に包まれる。

.

物心ついたときには孤独だった。誰もがサラリアの髪色しか見ず、誰も本当のサラリアを見ようとはしなかった。

でもラーシュは違った。

最初からサラリアを探していたみたいに、迷いなくサラリアを見つけてくれた。

「サラリア」

甘く蕩けるような声で、まるで宝物のように名前を呼ばれる。

その瞬間にサラリアの胸の奥にあった何かが決壊し、身体がジンッと痺れた。

未知の状況なのに、逃げようとも思えず身体も動かない。

ただ熱に浮かされるみたいに、ラーシュに固定されたように視線がラーシュに向いてしまう。

.

唇が重なった。

優しい口づけだったけれど、何かが弾けたように頭が真っ白になる。

初めての感覚と未知への恐怖でサラリアは震えた。

ラーシュはそんなサラリアを宥めるように何度も髪を撫で、唇だけでは飽き足らないというように顔中に口づけを落とす。

「大丈夫だ」

囁く声が妙に甘く、まるで夢に溺れていくようだった。

月に照らされた廃墟の塔の一室、濃厚な花の香りが満ちていた。

 ◇◇◇

それからのことを、サラリアはあまりよく覚えていない。

ただ何度もラーシュに名前を呼ばれたことは覚えている。

低く甘い声。

熱を孕んだ眼差し。

大きな手で抱き締められるたび自分の輪郭が溶けていくようだった。

ラーシュはまるで飢えた獣みたいにサラリアを求めたし、サラリアもまた信じられないほど夢中になって彼を求めた。

何にも期待していなかった冷めた自分の中に、あれほど熱く、甘く、誰かを欲しがる感情が眠っていたことをサラリアは初めて知った。

.

目を覚ましたとき、サラリアは知らない部屋のベッドの上にいた。

穏やかな風に揺れる真っ白な天蓋。

柔らかな羽毛の感触。

甘い香木の香り。

ぼんやりした頭で身体を起こしたサラリアは、目の前に広がる景色に息を呑んだ。

そこには巨大な窓があり、そこにはまるで天からくりぬいた様な蒼い空があった。

どこまでも続く、透けるような蒼。

何度も瞬きして、ふらつく足でサラリアは窓辺に寄った。

そして見えたのは蒼い世界に浮かぶ島々と、その間を悠然と飛ぶ竜たち。

陽光を浴びた鱗が七色に輝き、翼が風を裂くたび薄い雲が波のように揺れる。風が吹けば鈴のような音が響き、竜たちの羽音が空を満たす―――空の世界だった。

サラリアにとってそれはまるで神話の中の景色だった。

.

サラリアが目を覚ましたのはドラコニアの中でも特別な浮島。

空に最も近い浮島―――竜王の番のための宮殿しかない浮島だとあとからラーシュが説明してくれた。

使用人は城から来るが夜にはラーシュと二人きり。

侍女も護衛も全員女性。

不思議に思って思って尋ねると「邪魔されたくない」「番を他の男に見せたくない」 とラーシュは当然のように答えた。

竜人には番を囲い込む習性があるらしく、特に竜王であるラーシュは独占欲が強いのだと。

そう説明されて、サラリアは呆れ半分で嬉しさ半分だった。

そんなふうに誰かから強く執着されたことなど一度もなかったから。

.

あれから国がどうなったのか。

父王がどうなったのか。

独占欲が強いと言っていた通りラーシュはサラリアが自分以外を気にすることを嫌がったから、サラリアはほとんど聞かなかった。

ラーシュの気分を害させてまで聞きたいことではなかった。

あの国に未練などない。

それはこのように幽閉される状況になっても変わらなかった。

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